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01.「アーカイブス開設について」 若林太郎

 このコーナーにアップされているようなコラムは、これまでも大会パンフレットなどを中心に多くの本数を書いてきました。しかしそれらは大会パンフゆえの宿命で、その大会に来場した方々以外の目に触れることはありません。
 そこで過去に中井や若林が、パンフレットなどに書いたものからこれはと思うものを不定期にアップしていくことにしました。タイトルは私達のお気に入り番組『NHKアーカイブス』からのパクリです(笑)。
 過去に書いた文章を読み返すことは、稚拙さが目立ったりして気恥ずかしい面もあるのですが、その当時を振り返るのに、これ以上の資料もなかったりします。ゆえになるべく当時のままで再掲載していこうと思います。
 ただし、あきらかな誤字脱字、事実誤認などがある場合はもちろん、少し直したほうがいい場合は若干の手直しをさせていただくこともあります。予めご了承下さい。


02.「総合格闘技に愛を」

 バーリ・トゥード・ジャパン96パンフレット掲載
 若林太郎 記名原稿

 バーリ・トゥードが格闘技界のトレンドとなって、早2年半。“何でもあり”は流行のキーワードとして専門誌やファンの間でもてはやされている。
 しかし私は“何でもあり”はひとつのジャンルではなく、総合格闘技の一部だと考えている。何でもあり。それはもともと総合格闘技のコンセプトでもあった。そして総合格闘技におけるバーリ・トゥードの位置は到達点では無く、通過点に過ぎないと思っている。バーリ・トゥードは、競技化という理想に辿り着く前の混沌(カオス)なのだ。
 とはいえ、バーリ・トゥードの出現がエポックメイキングな事件であったことは確かだ。それまで日本の総合格闘技界では、常に安全性を考慮し、「どこまで技術を解禁していいか」という方向で競技化を思案していた。当然、ルールは細に入り微に入り、複雑化する。
 “倒せば勝ち”というわかりやすさを持つ打撃系格闘技に対して、総合格闘技がマニアックな人気しか得られなかった原因はこの部分にある。
 だから、「あまり細かいことを言わず、とりあえず何でもありでやればいいじゃないか」というバーリ・トゥードの発想は驚きだった。一見するとバイオレンスな印象だが、それゆえ高いエンターティメント性があった。そしてそこには、きちんとした技術論が存在していたのだ。
 特にグレイシー柔術の出現によって認識されたポジショニング技術の普及は、総合格闘技を面白くした。マウント・ポジションやボトム・ポジションなどのセオリーを覚えるということは、試合の見どころを増やすことに繋がる。それまでは膠着したとしか思えなかった展開も、技術を理解した観客には楽しめるものに変わるのだ。
 アルティメットがペイパービューで成功したこともあって、世界中でも次々と“何でもあり”指向の団体が勃興しだしている。
 オランダではキックボクサーたちがこぞってフリーファイトの練習を始めているし、フランスでは今年のTOJ(=the TOURNAMENT of J)と同じ日にゴールデン・トロフィーなる全く同じコンセプトの大会が行われている。またアメリカやカナダでも、NHB(No Holds Barred=何でもありの意味)の道場やアマチュア大会があちこちで開かれている。
 日本でもバーリ・ドゥードの影響を受けて、様々な団体が独自の進歩を見せている。いま私が、日本の総合格闘技の中心にあると考えている運動体は次の4つである。

 ●修斗(プロ・アマの両方)
 ●北斗旗選手権(大道塾主催)
 ●ザ・トーナメント・オブ・J(慧舟會主催)
 ●全日本格闘技選手権(真武館主催)

 これらを選んだ基準は定期的に試合を行っており、他流派の選手も出場可能で、ある程度の競技人口を持っていることの3つだ。
 これ以外にもプロレス的運営システムでプロ選手だけを育成しているパンクラス、今年8月ついに他流試合に打って出る骨法なども、そのキャスティングボードを握っている。
 それぞれが独自のアプローチを行いながら、徐々にではあるが、部分部分での交流は始まっている。それらがひとつの大きな流れを作り出した時、総合格闘技は完成に近づくのだと思う。私自身は、それが見たいがためにこの仕事をしている。
 総合格闘技完成へのキーワードは“無理にひとつにまとめようとしないこと”である。総合という広い枠の中では、さまざまなアプローチがあってしかるべき。そしてそれらが壁を作らずに、相互にアクセスしあい、共存していく。これが理想だろう。
 プロとアマという棲み分けもあるだろう。道衣と裸という棲み分けもあるだろう。防具と素面という棲み分けもあるだろう。共通すべきことはひとつ。ルールのもとに選手が平等であることと、真剣であることだ。
 そのためには、まだまだクリアしなけらばならない問題も多い。いろいろな課題も山積みだ。しかしそのゴールは、遙か遠くかすかに見え始めているような気もしている。
 中世において芸術が成立するため貴族の援助が必要だったように、何かが確立するためには大きなサポートが必要である。それは権力かもしれないし、お金かもしれない。私が総合格闘技というムーブメントに、いま最も必要だと思っているのは“愛”である。
 権力や莫大なお金を手にするのは難しく、独裁者を産みやすい。しかし気持ちさえあれば、真剣に考えることは誰にでも、すぐにでもできる。
 極真空手が世界中に広まったのも、「総裁のため、極真のため」と思って単身で海外に出ていく人材が豊富だったからだろう。
 いま総合格闘技には、愛してくれる人がもっともっと必要だ。金儲けや、ブームに便乗して寄ってくるような人達はいらない。まずはピュアに、総合格闘技がやりたい人、見たい人がほしい。
 そういう人が増えれば、もっと素晴らしい何かが見られるはずだ。私は総合格闘技を愛しています。あなたも総合格闘技に愛を下さい。

■解説 / 若林太郎
 バリジャパ96といえば、今は無き日本プロシューティングのラスト興行です。私はプランナー兼マッチメイカーとして、中井は日本プロシューテイングの社員プロデューサーとしてこのイベントに係わっていました。
 当時は、まだアマ修斗も東京でしか行われていない時代。パンクラスは掌底ルールの時代、ここに触れられていないリングスはKOK前でした。今ではあまり使われませんが、当時は格通を中心に“何でもあり”という言葉がよく使われていました。
 大会準備のため約1週間近くを過ごしたNKホール近くの東京ベイホテル東急のツインルームで、相部屋だった中井さんとこのコラムに書いてあるようなことを随分語り合ったような気がします。
 日本選手の惨敗で終わったこの大会で、中井祐樹は柔術家としての復帰を決意。私はアマチュアの重要性を再認識しアマ拡大に傾倒していきます。そんな二人が一緒にジムをやろうと決断したのは、この約3ヶ月後でした。


03.「新・修斗宣言 第1章開始」

 1996年 第3回全日本アマチュア修斗選手権 パンフレット掲載
 若林太郎 無記名原稿


ブラジルに追いつくために必要なもの。そのキーワードはアマチュアにあり。修斗の新たなる第1歩はここから始まる。集えよ、日本の総合格闘家たちよ。競えよ、日本の総合格闘家たちよ。流派を超え、しがらみを捨て、共に鍛えよ。修斗はどこにでも出ていく。修斗は誰でも迎え入れる。総合格闘技完成のために。

 「やはりブラジリアン柔術」は強かった。7・7の感想を一言でいえば、こういうことになる。ではなぜああまで強いのだろうか。
 答えは簡単だ。バーリ・トゥードの技術のバックボーンとなっている柔術が、競技として確かな広がりをもっていることが最大の理由である。
 ブラジルで行われる柔術選手権大会は大規模なものになると、帯別、体重別、男女別などさまざまなクラスに別れ、3日間にも渡って行われることもあるという。それだけ参加者の数が多い、つまり競技人口が多いということである。
 そんな中でチャンピオンになっていくというのは、非常に大変なことである。しかもその状況が何十年も続けば、当然技術的にも錬磨され、高いものになっていくのは自明の理である。高い山は裾野も広いのである。
 このへんを頭にいれて、日本の総合格闘技界を見回してみると、「まだまだ黎明期なんだな」との感がぬぐえない。
 今回の全日本アマチュア修斗選手権には百人を超える出場者が集まった。総合格闘技系の大会としては、九州の全日本格闘技選手権とならんで国内最大規模の大会といって間違いない。着実に修斗は競技としての根をはりつつあるのだ。
 とはいえ、たかが百人である。ブラジリアン柔術の競技人口と比べると、まだまだ少ない。このままではブラジルに勝てない。修斗が最近声高々に大同団結を口にしている理由がここにある。

  ・北斗旗選手権の大道塾。
  ・全日本格闘技選手権の真武館。
  ・ザ・トーナメント・オブ・Jの慧舟會。
  ・組み技総合格闘技のSAW
  ・AMCパンクレーション。
  ・アマも育てている格闘探偵団バトラーツ。
  ・全日本体術連盟。
  ・徒手格闘術拳桜会。
  ・多くの人材を有するサンボ。
  ・アマチュア・リングスの面々。
  ・Bの時代を宣言している骨法。
  ・姫路のキング・オブ・ストロングスタイル。
  ・東海のコンプリート・ファイティング。
  ・格闘技部門が独立したT.A.M.A.。

 アマチュアとして総合格闘技を追求している団体(あるいは運動体)はこんなにもあるのだ。「日本最弱」の汚名返上のためにも、修斗は積極的な交流を望む。共に切磋琢磨することこそ、ブラジル越えの唯一の方法論であると考えるからである。
 そこで修斗側が提案したいのが、今回のアマ修斗ルール。総合格闘技の3要素である打・投(倒)・極を生かした上で、ブラジリアン柔術とも共通するポジショニングのポイント性を加えたこのルールは、バーリ・トゥードへの対応力と安全性のバランスを考えた場合、アマチュアにおけるベスト・ルールだと自負している。おもなポイントを要約すると次のようになる。

(1)試合時間は3分2ラウンド。(トーナメントの場合4分1ラウンド)
(2)フライ級からヘビー級まで体重別に8階級に別れて闘う。
(3)選手は、オープン・フィンガー・グローブ(修斗グローブ)、ヘッド
   ギア、ファールカップ、ニーパット、レガースを着用する。
(4)5カウントのダウンでKO勝ち。
(5)1ラウンド中2回のダウンでTKOとなる2ノックダウン制。
(6)関節技、絞め技によりギブアップを奪った場合、一本勝ち。
(7)関節技、絞め技が完全に極まった、またはダメージにより試合続行不
   可能とレフェリーが判断した場合は試合をストップする。
(8)打撃ポイントは、3名のサブレフェリーによって各ラウンドごとに、
   10点減点法で採点を行う。
(9)組み技は、加点式のポイント制によって優劣を評価される。
   ・有効なテイクダウン=2P
   ・あまり有効でないテイクダウン=1P
   ・マウントポジション=3P
   ・オントップポジション=1P
   ・キャッチ(サブミッションが極まりそうな状態になること)=3P
(10)主な反則は次のとおり。ヒジ打ち、頭突き、グラウンドでの顔面への
   打撃。ナックル以外での手による打撃。後頭部、脊髄への攻撃。ヒザ
   関節への正面からの加撃。指への攻撃。
(11)選手が場外に落ちそうになった場合、「ストップ・ドントムーブ」の
   コールで動きを止め、リング内に戻して再開させる。

 このルールは独立組織である修斗コミッションによって管理運営されている。舞台は整った。全国の総合格闘家たちよ、集まれ!! Let's Get Together!

■解説 / 若林太郎
 バリジャパ96から約3週間後、7月28日にクラブチッタ川崎で行われた同大会こそ修斗新体制の第1弾だった。この間に創始者・佐山聡は修斗を離れ、全日本の後に同じリングで行われたプロ公式戦「FREE FIGHT KAWASAKI」にも姿を見せなかった。
 この日、アマ修斗史上初の女子トーナメントとなった女子ウェルター級には4名の選手が参加。当時は大道塾所属だったため母の名前で出場した石原美和子が優勝を果たしている。
 バンタム級では現ノースキングスジム代表の宇部幸治郎が2連覇を達成。
 ライト級にはリングアナに成り立てだった北森代紀が無理矢理エントリー。1回戦を不戦勝で勝ち上がったものの、2回戦で優勝した小林謙治(Kz)に1分46秒、アームロックで敗れている。小林はこの優勝により代官山剣の名でプロデビュー。現在はTeam ROKENに在籍している。ちなみに準優勝は現パレストラ広島代表の藤田善弘だった。
 ウェルター級は準決勝で鶴屋浩を、決勝で宇野薫を下した桜井速人がぶっちぎりの優勝。同級には植松もエントリーしていたが諸事情により不出場であった。
 ミドル級は加藤鉄史との接戦に競り勝った横浜ジムの小島弘之が優勝。
 ライトヘビー級は、骨法を離脱したばかりの藤原正人が優勝。当時無所属だった桜井隆多も出場したが、2回戦で真武館の奥田正勝に寝技で圧倒され判定負け。なおその奥田は準決で藤原に微差で敗れている。
 ヘビー級は、いまや小川直也のパートナーとなっているプロレスラーの藤井勝久が優勝。
 この他では、吉岡広明がバンタム級に、勝村周一郎がフェザー級にそれぞれエントリーしているが、1回戦で敗れている。
 なおここに書かれているルールは当時のモノ。現在とはポイントなどに多くの変更点がある。現在のルールの詳細は
http://www.alles.or.jp/~shooto/amateur/rules.htmlでご確認を。

2003/7/23 UP

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